大阪ではTポイントレディースゴルフトーナメントで渡邉彩香が-2で7位通過。
明日の決勝に期待がかかります。
だんだん調子が上がって来ているので頑張って欲しいですね。
さて、今日の鶴竜関ですが、おちついていましたね。
若手貴景勝の激しいつっぱりにも慌てずに対応。調子の悪い時なら直線的に引いてしまうところを慌てずいなして押し出しました。
期待がかかりますが、1日1番頑張りましょう。
明日の中日は好調の松鳳山関。
俊敏な動きで相手を慌てさせますが、落ち着いて対応したいところです。
気が抜けない取り組みが続きます。
フィジカルトレーナーとして、横綱鶴竜、プロゴルファー、プロテニスなどのトップアスリートまでトレーニングやコンディショニングを担当してます。 夏場はライフセーバーとして活動しているので海にいることが多いです。 副業としてスポーツ・健康ジャーナリストとして活動中。
2018年3月17日土曜日
モンゴル人アスリートはなぜ強いのか-2 Монголын тамирчид яагаад хүчтэй байдаг вэ-2
Монголын тамирчид яагаад хүчтэй байдаг вэ-2
モンゴル人アスリートはなぜ強いのか
Vol-2

----------------------------
2015年、モンゴルのことを調べ始めたころ、相撲界というあまりオープンではない世界であることもあって、モンゴル人力士を調べた先行研究が乏しく、結局一から調べるほかなかった。
モンゴル人の書いた論文のほとんどがチンギスハンや、モンゴル人としてのアイデンテティに関することで、どれだけモンゴル人が、自分の国と血に誇りをもち、関心を抱いているかがとてもよく分かった。
僕は日本で生まれて国籍も日本であるが、実は近縁にモンゴル人の血が入っており、彼らと接していても、実際モンゴルに行った時も、何ら違和感がなく、言葉も分からないのに、なんとなく懐かしいというか、第二の故郷にいるような不思議な感覚にふれたことを覚えている。
先述とおり、「なぜモンゴル人アスリートが強いのか」を明らかにすることは、単に「モンゴル人で凄いんだぜ!」ということではなく、他国の秀でていることを学び、そして活用することで相互作用が生まれることが今回の目的であったので
だったら、彼らの生い立ちについて直接聞くところからはじめようと思いたった。
モンゴル人は短気でせっかち、どちらかというと協力して何かを成し遂げるスタイルは得意ではないという。
しかし、強烈なインパクトのあるカリスマがいると命をかけてついていくという気質があるのも特徴である。
また、モンゴルは古来から文字を書くという習慣が一般的でなく、会話が主だったコミュニケーションであったことから、未だに
「先ずは会って話そう」
ということになる。
そして、信用を得る、信用しているという行動の一つとして、自宅に招く、招かれるという習慣があることがわかった。
鶴竜関は、合宿中もふくめ僕の家族と寝食をともにし、モンゴルへ行ったときにも彼の自宅へ招かれるなど家族でお付き合いさせてもらう関係である。
また、鶴竜関からご縁を頂き、現役の力士や友綱親方(元旭天鵬関)をはじめ、多くのモンゴル人力士にインタビューをさせてもらった。
一様に、彼らはフレンドリーで、自分の生い立ちからモンゴルに来たこと、ことモンゴルのことになると夢中になって話してくれ、いつも予定の倍以上の時間を割いてくれた。
全て鶴竜関の信用における計らいだと思い深く感謝している。
2-1 モンゴルのスポーツ文化
井上(2013)によれば、モンゴルは馬頭琴を奏でながら神話等を吟じる口承文芸が盛んな地でもあり、そこで語られる英雄叙事詩の中の勇者は、相撲、競馬、弓射の「三種の競技」(「エリーン・ゴルバン・ナーダム」男の三種の競技)で勝利することで英雄になることが定番という。
また、三種の競技はそもそも天に競技を奉納する儀礼を起源とするなど、現代のモンゴルの人々の基本的な心性に引き継がれているとのべている。
また、モンゴルの伝統的スポーツといえばモンゴル相撲と思われがちであるが、モンゴル伝統の相撲、競馬、弓射の「三種の競技」は地域性、儀礼性を特徴とし、一般的に近代スポーツよりも古い起源をもつ「ナーダム(遊び、競技)」とし、近代スポーツはロシア語を援用したかたちで「スポルト」と呼び分けられているなど、近代スポーツとは別の定義を持つものであった。
また、モンゴル人としてモンゴル相撲の研究をしたバダム・フレルバーダル(2009)によると、「ナーダムにおけるモンゴル相撲の取組みに関する行事は、法に規定されている。
「ナーダム関連法」には、民族的な大祭ナーダムはモンゴルの独立自立のシンボルとなる伝統的な祭りであると定義されている」という。さらに、「その基本的な目的は民族的な相撲の安定した発展の基礎を創ることである。
そのために民族相撲の伝統的な要素を保護しながら発展させ、若い世代の力士を育て、民族相撲を国内世界中に宣伝し、紹介することである。」とモンゴル相撲の存在価値などについて述べるなど、モンゴル相撲は民俗的要素が大きいことがうかがえる。
モンゴル人民共和国は1990年に社会主義を放棄して、1992年に新憲法が施行されモンゴル国と改称された。
民主化後は「モンゴル相撲に賞金制度が導入され、これまでナーダム祭が年に一度の大きな競技の機会であったものが、毎週末に賞金試合を行うようになった。」「1997年には「ブフ(力士・相撲)・リーグ」が開催されるようになり、100を超える企業がスポンサーとなり企業が力士を抱えるようにもなった」と述べるなど、モンゴル相撲が生活の糧となり、プロ化していったことを示唆している。
このように、民主化以降、「モンゴルの象徴ともいえるべき伝統的な祭りの競技」と定義されたモンゴル相撲は職業となった。
職業ともなれば、強くなるために更に鍛錬や稽古を積む力士が増え、西洋的な筋力トレーニングや戦略、昨今ではドーピング検査を取り入れるようになるなど、急速なプロスポーツとしてグローバル化が進んでいったのである。
民主化と同時に発展を遂げたのは伝統的なスポーツばかりではない。井上(2015)の報告によれば、民主化後、一気に欧米の文化を受け入れ、スポーツジムも市内中心部に次々に出店し、高額な入会料にもかかわらず経営が成り立っているように見受けられる、若者に最も人気のあるスポーツはサッカーとバスケットボールであるなどと述べるなど、ライフスタイルの中にも欧米のスポーツやフィットネス文化が入り始めていることが伺える。
そして、民主化により、モンゴル国内で日本の大相撲をテレビ視聴する機会が生まれた。前説の通り、民主化直後に日本へ渡った数名のモンゴル人が先駆者となって、大相撲を席巻し、現在の活躍に至っている。現在は外国出身力士の受入れ制限のため、空席待ちの状態であるが、大相撲で活躍した英雄らに憧れ、大相撲を目指す少年らが絶えないという。
モンゴル人初の横綱となった朝青龍はインタビューの際、モンゴルの相撲人気について「モンゴル人にとって日本の相撲は、日本人の野球選手が米メジャーリーグに抱くアメリンカンドリームのような憧れ」「モンゴルの少年たちにとってジャパンドリームなんです」と語っている。
また、社会主義時代に旧ソビエト連邦から伝わっていたレスリングや柔道も、民主化によって日本をはじめとした海外交流や国際試合への参加が進み、幼少期からモンゴル相撲に親しんできた子どもたちの多くが、スポーツとしてレスリングや柔道をはじめ、柔道では2008年北京五輪でナイダン・ツブシンバヤル選手が金メダルを獲得し、翌年の世界選手権では、ハシュバータル・ツァガンバータル選手が世界チャンピオンとなった。
彼らの功績は国を挙げて称えられ、モンゴルで初めて金メダルを獲得したナイダン・ツブシンバヤル選手には、緊急大統領令として同国で最高の栄誉とされる「労働英雄賞」と、顕著な成績を残したスポーツ選手に授与される「スポーツ功労賞」を同時に授与されている。
2018年3月16日金曜日
大阪場所6日目
雨が降るたびに、春に近づいていきます。
冬と違って春の海は霞がかっていて、もうすぐ本格的な春です。
さてさて、大相撲大阪場所6日目。
横綱鶴竜関は琴奨菊関と対戦し、6連勝!
今日もケガなしです( ◠‿◠ )
出足早で飛び込んできた琴奨菊関、わざと右をささせたように、喜んで
かぶってきたところを掬うように突き落とし。
相手の力を上手く使った見事な相撲でしたね。
悪いと言われる引き技も、裏手に取ると色々活用できます。
無限のパワーがあれば圧倒することもできますが、相手のバランスを上手く崩すのが相撲の真髄です。
さらに大相撲は15日間相撲を取り続ける少し変わった競技なので、集中力やスタミナを上手く使わないと、スタミナ切れをおこしたり、後半ケガをしたりしてしまうことが多くある。
その配分が難しいようです。
明日は元気のいい若手の貴景勝関。
どういう相撲になるのか楽しみです。
2018年3月15日木曜日
大阪場所5日目
なんと熱海の最高気温が24℃!
気温だけ見ると泳げそう(^-^)
急に気温が上がって紫外線の強さを感じるのだ。
さて大相撲大阪場所5日目!
本日もライブで見ることができず、録画鑑賞。
やっぱり注目は逸ノ城関と好調遠藤関!
逸ノ城関鋭く踏み込んでからの左四つ。遠藤関が粘るも落ち着いてドシドシと寄り切り。
御嶽海関と玉鷲関は、御嶽海関の上手さがひかり、最後は玉鷲関が空気掴んでいるかのように土俵の外へ。
大関2人は落ち着いた相撲で2敗をキープ。
そして鶴竜関!
鋭く踏み込んで当たって、ついて、起こしてー押し切れずに叩き込み!
良いタイミングだったけれど、土俵際だったので踵が落ちていて、物言いの末取り直し。
集中力切れずに、再び鋭く当たってから突き出して完勝!
5連勝!( ◠‿◠ )
明日の注目は
先場所優勝の栃ノ心関対好調遠藤関!
これは面白いでしょう。
栃ノ心関が組んでも、遠藤関の柔らかさと重さで簡単には決まらないだろうし、組めないで突き放されると、叩かれて落ちるようなことになるかも。
そして、全勝の松鳳山関と調子が上がってきた豪栄道関。
大関は、勝ち越しのために前半もう落とせない取組。
鶴竜関は明日琴奨菊関と対戦。
琴奨菊関の突進に負けない鋭い立会いと踏み込みに期待します!
モンゴル人アスリートはなぜ強いのか-1 Монголын тамирчид яагаад хүчтэй байдаг вэ-1
Монголын тамирчид яагаад хүчтэй байдаг вэ
モンゴル人アスリートはなぜ強いのか
Vol-1
2014年から大相撲第71横綱鶴竜関のトレーナーを務め、日々彼と接することで、モンゴル人特有の気質や身体特性がスポーツ、特に格闘技に対して他国よりも優位にあるのではないかと感じるようになった。
鶴竜関をはじめ多くのモンゴル人、力士、アスリートと接して感じたこと、そして実際モンゴルに行き体感したことなどを記録としてまとめ、公開することでモンゴルとわが国の親善、そしてアスリートの育成に寄与することを目的とする。
この記事は筆者が2016年筑波大学大学院人間総合科学研究科スポーツ・健康システムマネジメント専攻修了時、修士論文として提出した「モンゴル出身力士の成長期の特性と競技力との関係について」2016八代直也を参考に作成した。
-------------------------------------------------------------------
モンゴル人はなぜ強いのか
1-1 モンゴルとは
モンゴルと日本の関わりは古く、歴史的には鎌倉時代の元寇:文永の役にまでさかのぼる。
元寇(げんこう)とは、鎌倉時代中期に、当時中国大陸を支配していたモンゴル帝国(大元ウルス)、高麗王国によって行われた2度の日本侵攻である。正式には1度目を文永の役(ぶんえいのえき・1274年)、2度目を弘安の役(こうあんのえき・1281年)という。
19世紀は清朝の支配下にあったが、1911年辛亥革命により中国(清朝)より分離、自治政府を樹立。1924年にはモンゴル人民共和国となって社会主義路線を取るようになったが、1992年に社会主義を放棄しモンゴル国となり現在に至っている。
その直後、政治、経済、社会全般に大きな混乱を呼び起こし、年間インフレ率がピーク時(1992年)には325%に達したほか、極度の物不足となり深刻な経済危機に陥った。
その後、モンゴルは我が国を中心とする各国からの経済協力や国際通貨基金(IMF)などの国際機関の指導・助言のもと、大胆な自由化・構造改革を推進し、国営企業の段階的な民営化やその総決算としての土地私有化などを順次実施している。
現在のモンゴルの行政単位は、首都のあるウランバートル市の他、21の県(アイマク)、県下には347の郡(ソム)さらに郡下には1、681の村(バグ)が配置されている。2015年現在の人口はおよそ306万人で、首都ウランバートルにはその約4割強の136万人が一極集中し各郡の人口は3、000人程度といわれている。
地理的には、北はロシア、南は中国に挟まれた位置にあり、東アジアの北西部に位置する面積156万平方キロメートル強の国である。
国土の西には標高4、000メートル級のアルタイ山脈と標高3、500メートル級のハンガイ山脈が展開し、東には標高1,000~1,500メートルの高原、北東には針葉樹林、南にはゴビ砂漠が広がる。

国土の5分の4を牧草地として利用する草原が占めており、その環境下で営まれる遊牧民の生活形態や移動式住居ゲル、馬乳酒などは日本でもよく知られている。
国民の多くはモンゴル系のハルハ族で占められ、歴史的な関係性からもチベット仏教が主たる信仰(社会主義時代は衰退していたが民主化(1990年)以降に復活。1992年2月の新憲法は信教の自由を保障)となっている。
1-2 モンゴル出身力士の歴史
大相撲における外国出身力士の歴史は、1934年にアメリカ・ロサンゼルス出身の日系二世である平賀将司が出羽の海一門の春日野部屋に入門したのが最初とされる。
また、同じくアメリカ・コロラド州出身のハーリー尾崎喜一郎が1938年に豊錦という四股名で初土俵を踏み、1943年に十両に昇進し、外国出身力士として初の関取となった。
その後1968年にアメリカ・ハワイ出身の高見山(Jesse James Wailani Kuhaulua/現在は日本に帰化し渡辺五郎)が外国出身力士として初めて幕内力士に昇進したのを皮切りに1986年には小錦(Saleva'a Fuauli Atisano'e/現在は日本に帰化し小錦八十吉)が大関に昇進、1993年3月場所では曙(Chad George Haaheo Rowan/現在は日本に帰化して曙太郎)が、外国出身力士初の横綱に昇進するなど外国出身力士の活躍が加速していく。
一方、モンゴル人の身体能力の高さを評価していた大島親方(元大関・旭國斗雄)は1991年にモンゴルで新弟子公募を行い、170人の参加者から選ばれた6名の合格者が、翌年3月に初土俵にあがっている。
その中の一人である旭鷲山は「技のデパートモンゴル支店」のニックネームで投げ技、引き技、足技など多彩な技を駆使して小結まで昇進、旭天鵬と一緒に来日した旭天鵬が、2012年に37歳の最年長記録で幕内優勝を果たしその後関脇まで昇進している。
彼らの後を追って入門したモンゴル出身力士の活躍は目覚ましく、2003年に朝青龍、2007年に白鵬、2012年に日馬富士、2014年に鶴竜が4代続けて横綱に昇進している。
日本相撲協会によれば、2016年9月場所までで、累計184名の外国出身力士が誕生し、国別の人数(()内は関取昇進人数)はモンゴルが57名(32名)、アメリカ合衆国31名(8名)、ブラジル16名(4名)、大韓民国12名(3名)、中華人民共和国12名(3名)、台湾11名(1名)、在籍人数及び大関、横綱への昇進割合などを見れば、モンゴル人力士の活躍が突出していることがわかる。
1-3 モンゴル出身力士の強さの要因
小錦や曙などアメリカ出身力士は、体格的に日本人力士よりも優っており、その利点を生かして活躍していた点も見受けられたが、モンゴル人力士は日本人力士と比べても小柄な者が多く、俊敏で粘り強い取り口が特徴である。
この俊敏で粘り強い相撲は何によって培われたものなのであろうか。
モンゴル人力士の強さの秘密は、幼少時から日常的に飲む馬乳酒によって作られる『骨太な体』自転車代わりに馬に跨り、草原を走ることで身に付く『体のバランス』
相撲は相手のバランスを崩す競技だが、幼い頃から裸馬を乗りこなすモンゴル人は自然に体の均衡をはかれる身体能力が培われるという
幼少期におけるモンゴルの生活習慣が相撲に合った身体を培ったのではないかと推測している。
また、日本の伝統的格闘技であり、古いしきたりを重んじる相撲界で外国人が成功を収めるには、高い順応性やストレス耐性の強さなどが求められると思われるが、モンゴル人力士は入門した57名中32名が関取にまで昇進するなど、他の国から入門した力士と比べても出世する割合が非常に高い。
幼少期に培われた身体的な強さだけでなく、それらを勝利に結びつける強い精神力も備わっているように見える。
白鵬(2010)は著書の中で「不自由なく育った」「箱入り息子」と語るなど、比較的裕福な家庭で育ったと語っているところから、彼らの精神の強さをハングリー精神という言葉で短絡的に説明はできない。
八木橋(2016)によれば、現在のモンゴルでは柔道やレスリング、サッカーなどスポーツの選択肢が広がってきてはいるものの、モンゴル相撲(モンゴルでは「ブフ」と呼ばれているが、モンゴル相撲で統一する)は、幼稚園から大人まで毎週のように大会が開かれ、他の競技と並行して競技を行う者もおり人気は高いと報告している。
モンゴル相撲は、モンゴルにおいて祭事に伝統的に行われた格闘技である。
日本では「相撲」という呼称がつけられているものの、土俵や時間制限がないなど日本の大相撲とは差異がある。

土俵が存在せず押し出しが無いことで多くの投げ技があることが特徴で、試合も長時間に及ぶこともあって体の大きさや力だけでなく、スタミナも必要とされる。
幼少期からモンゴル相撲を経験しているであろうモンゴル出身力士はその経験から、基礎となる身体能力や体力を培ってきたのではないかとも推測できる。
モンゴル人はなぜ強いのか-2につづく。
次回お楽しみに。
2018年3月14日水曜日
スポーツ指導者と暴力
前回、無くならないスポーツとパワハラでスポーツと暴力について持論を述べた。
今回はもう少し入り込み、いわゆる“体育会系”と暴力について再び持論をまとめてみたいと思う。
あくまで持論なので「ふーん」という感じで読んでもらえれば光栄です。
昨年末の大相撲界暴行事件以来、再びスポーツと暴力につて取りあげられることが多くなった。
2015年に発足したスポーツ庁でも暴力撲滅に対して本格的に動き始め、日本体育協会でも相談窓口を設置するなど具体的な防止策が図られている。
では、“体育会系”という言葉を聞いてどのようなイメージをもつだろうか。
そもそも体育会系とはアメリカではJockと言われ、高校の男性スポーツ選手を指し、校内の階層としてスポーツで活躍する人達や得意な人たちを示している。
ちなみにJocksとはそれらを支援、応援する人やチアリーダーを指すことが多いそうだ。
スポーツにおける根性論や精神論、上下関係などの規律はJockにもあり、アメリカでも同様に存在するので、体育会系は日本に限られたものではないことは言える。
ではスポーツと暴力はどのように結びついてくるのか。
最近では選手だけでなく、サッカーのサポーターの過激な行動にもみられるように、多面化の様相を示すようになっている。
20年前の資料では、学校社会での暴力の半数は体育教師(指導者も含む)からというデータもあり、スポーツを通じて体罰を受けてきた教師が、同じように体罰を用いて指導することからスポーツと暴力が示されたとされるが、上記のように対人の暴力はスポーツに限られたことではなく、人間としてコミュニケーションを取るうえで自然な行動と位置付ける人もいる。
また、暴力というと、物理的な攻撃のように思われるが、実は心傷として最も残りやすい暴力は、殴るとか蹴るというものではなく、差別や対人関係、コミュニケーションによるものが大きいという。
昨今話題になった、上司からの執拗な叱責によって、社員が自殺した事件などは後を絶たず、政治家が秘書に対して暴言を発し、パワハラで訴えられたケースもしかり、未成年者のいじめによる自殺も後を絶たないことからも明らかだ。
話は元に戻って・・・
もし、上記が本当に体育会系のイメージだとしたら、イコール暴力ととらえていいだろうか?
スポーツでも企業でも、秩序を守れない人は罰を受ける。
それはスポーツであれば練習などに参加できなくなることであり、企業では減給や解雇がそれにあたる。
しかし、プレーが下手だとか、エラー、仕事ができないことや、ミスをしたことで暴力を受けたり、もちろん差別によっていじめを受けることは間違っている。
今回はもう少し入り込み、いわゆる“体育会系”と暴力について再び持論をまとめてみたいと思う。
あくまで持論なので「ふーん」という感じで読んでもらえれば光栄です。
昨年末の大相撲界暴行事件以来、再びスポーツと暴力につて取りあげられることが多くなった。
2015年に発足したスポーツ庁でも暴力撲滅に対して本格的に動き始め、日本体育協会でも相談窓口を設置するなど具体的な防止策が図られている。
では、“体育会系”という言葉を聞いてどのようなイメージをもつだろうか。
そもそも体育会系とはアメリカではJockと言われ、高校の男性スポーツ選手を指し、校内の階層としてスポーツで活躍する人達や得意な人たちを示している。
ちなみにJocksとはそれらを支援、応援する人やチアリーダーを指すことが多いそうだ。
スポーツにおける根性論や精神論、上下関係などの規律はJockにもあり、アメリカでも同様に存在するので、体育会系は日本に限られたものではないことは言える。
ではスポーツと暴力はどのように結びついてくるのか。
最近では選手だけでなく、サッカーのサポーターの過激な行動にもみられるように、多面化の様相を示すようになっている。
そもそも人間は暴力をふるう動物であることについて「攻撃:悪の自然史」という形で論じている。(スポーツ指導の暴力行為について:阿江)
また、人間の攻撃行動について「人々の正常な社会的行動の一部」と位置づけ、他者との対人的葛藤が社会的紛争を解決するために選択された行動のひとつとしてとらえている。(攻撃の対人機能:大渕)
20年前の資料では、学校社会での暴力の半数は体育教師(指導者も含む)からというデータもあり、スポーツを通じて体罰を受けてきた教師が、同じように体罰を用いて指導することからスポーツと暴力が示されたとされるが、上記のように対人の暴力はスポーツに限られたことではなく、人間としてコミュニケーションを取るうえで自然な行動と位置付ける人もいる。
また、暴力というと、物理的な攻撃のように思われるが、実は心傷として最も残りやすい暴力は、殴るとか蹴るというものではなく、差別や対人関係、コミュニケーションによるものが大きいという。
昨今話題になった、上司からの執拗な叱責によって、社員が自殺した事件などは後を絶たず、政治家が秘書に対して暴言を発し、パワハラで訴えられたケースもしかり、未成年者のいじめによる自殺も後を絶たないことからも明らかだ。
話は元に戻って・・・
一般的に体育会系はどう人を指すか
- 皆で苦労や達成感を共有することを好む
- いわれた仕事だけやっている人が許せない「仕事は創造力!」が口癖
- 覇気や活気がないことをに苛立ちを感じ、ノリや勢いで進める
- 後輩に御馳走することをステイタスする
- 忙しくしていることや体調が悪くても仕事をしていることを美学とする
- 残業を仕事熱心な証拠だと思い込む
- 声が大きく、「がんばれ」が口癖
- 飲みニケーションと称し酒宴に強制参加させ、かつ後輩に酒を強要する
- 上下関係、挨拶、礼儀に厳しい
もし、上記が本当に体育会系のイメージだとしたら、イコール暴力ととらえていいだろうか?
またはスポーツ選手だから、体育会系だからといって即暴力というのは間違っているように思える。
むしろ暴力は社会的なもの?
などとも想像できる。
ではなぜそのようなイメージがついたか。
スポーツ選手(ここでは体育会系と呼ぼう)はオリンピックやプロスポーツ、CM起用などで、社会的な地位を確立しつつある。
そのため、政治家や芸能人のように個人が表に出る機会が増えメディアの普及も手伝って
などとも想像できる。
ではなぜそのようなイメージがついたか。
スポーツ選手(ここでは体育会系と呼ぼう)はオリンピックやプロスポーツ、CM起用などで、社会的な地位を確立しつつある。
そのため、政治家や芸能人のように個人が表に出る機会が増えメディアの普及も手伝って
スポーツ選手=古い体育会系気質 → 暴力事件
↓
体育会系は暴力的
というイメージになっているのかも知れない。
しかし、現在のスポーツ選手はスポーツだけでなく自身のコンディショニングやドーピングの学習、メディア対応やスポンサーとの交渉など多くの活動をしていなくてはならず
しかし、現在のスポーツ選手はスポーツだけでなく自身のコンディショニングやドーピングの学習、メディア対応やスポンサーとの交渉など多くの活動をしていなくてはならず
よっぽど教育されていない人間以外は、むしろ一般人よりもコミュニケーション能力や適応力が高いという点を評価されてもおかしくない。
「暴力」は対人の社会的行動のひとつとして用いた行動なのでは?
社会全体が暴力や罰によって行動しているのだろうか。
しかし、社会的な制裁や罰と、暴力やいじめは、大きく違うところがある。
では先ほど述べたように
「暴力」は対人の社会的行動のひとつとして用いた行動なのでは?
社会全体が暴力や罰によって行動しているのだろうか。
しかし、社会的な制裁や罰と、暴力やいじめは、大きく違うところがある。
スポーツでも企業でも、秩序を守れない人は罰を受ける。
それはスポーツであれば練習などに参加できなくなることであり、企業では減給や解雇がそれにあたる。
しかし、プレーが下手だとか、エラー、仕事ができないことや、ミスをしたことで暴力を受けたり、もちろん差別によっていじめを受けることは間違っている。
また、自分がルールを逸脱したにもかかわらず、それに対する罰を、ハラスメントとするのも間違っている。
これでは組織の秩序は守れない。
つまりは、
罰と暴力をはき違えてしまっている。
これは加える方も受ける方も。
相撲やボクシングの試合で張られたり殴られたからといってそれを暴力というだろうか。
これは決まったルールに基づき行動しているからであって、暴力とは言われない。
しかし、試合後や参ったといっているのに追尾して殴れば、それは暴力となってしまう。
だからといって、理由があれば体罰も容認ということではなく
どのようなことであっても暴力やいじめはいけない。
しかし、ルールに基づき、ルール違反があった時や、罰や制裁を受けることに同意しているのであれば、それらを受け入れることが秩序につながると思う。
だから、プレーだけでなく私生活においても独自の法律?ルールが必要になってくるであろうし、なぜルールを守らなければならないか、守らないとどうなるのかについて教育することが大切であるというのが結論である。
最後に
スポーツと暴力、ハラスメントは日本だけではなく世界中で起きていることであり、日本の指導者は指導力がないとか、アメリカでは指導者が暴力を振るうことはないなどということは間違いである。
しかし、戦時中に作られた絶対服従のシステムが、現在の縦社会や一部の伝承によってスポーツ指導者に残っているのは否めない。
暴力スポーツ指導者とは「統率」と「服従」、「指導」と「指動」の区別ができないからで、先輩から受けるパワハラの原因は加害者側の「嫉妬」と本能をコントロールできない「教養の不足」「精神の未成熟」であると考えている。
殴られて指導された選手が、指導者になって殴って教える方法しかわからないのでは、いつになっても進歩がない。
スポーツ指導者のみなさん
つまりは、
罰と暴力をはき違えてしまっている。
これは加える方も受ける方も。
相撲やボクシングの試合で張られたり殴られたからといってそれを暴力というだろうか。
これは決まったルールに基づき行動しているからであって、暴力とは言われない。
しかし、試合後や参ったといっているのに追尾して殴れば、それは暴力となってしまう。
だからといって、理由があれば体罰も容認ということではなく
どのようなことであっても暴力やいじめはいけない。
しかし、ルールに基づき、ルール違反があった時や、罰や制裁を受けることに同意しているのであれば、それらを受け入れることが秩序につながると思う。
だから、プレーだけでなく私生活においても独自の法律?ルールが必要になってくるであろうし、なぜルールを守らなければならないか、守らないとどうなるのかについて教育することが大切であるというのが結論である。
最後に
スポーツと暴力、ハラスメントは日本だけではなく世界中で起きていることであり、日本の指導者は指導力がないとか、アメリカでは指導者が暴力を振るうことはないなどということは間違いである。
しかし、戦時中に作られた絶対服従のシステムが、現在の縦社会や一部の伝承によってスポーツ指導者に残っているのは否めない。
暴力スポーツ指導者とは「統率」と「服従」、「指導」と「指動」の区別ができないからで、先輩から受けるパワハラの原因は加害者側の「嫉妬」と本能をコントロールできない「教養の不足」「精神の未成熟」であると考えている。
殴られて指導された選手が、指導者になって殴って教える方法しかわからないのでは、いつになっても進歩がない。
スポーツ指導者のみなさん
大阪場所4日目
今日も暖かい1日でした。
花粉症の方はとても辛い季節でしょう。
花粉症対策の一番は、滅菌無菌状態から抜け出すことだそうです。
カラダの表面や体内には、目に見えない菌やウイルスが付着していることで、他の菌やウイルスと戦ってくれる作用にもなっているので、滅菌や無菌状態に慣れてしまうと、ちょっとした菌や刺激物が付着すると、大変なものが体内に入った!とカラダが勘違いしてしまうそうです。
キレイ好きはいいけれど、あまり神経質になりすぎるものもいけないということですね。
さてさて
大阪場所も4日目に入り、だんだん動きが出てきた。
結論を先にいうと、本日も鶴竜関は荒鷲関を鋭い踏込みで先手をうち、一気に押し出して
完勝!
4連勝!
注目の取り組みでは、逸ノ城関が御嶽海関に得意の形をふさがれて、初黒星。
そして大関高安関と好調玉鷲関は、大関の強いかち上げとのど輪で完全にカラダを起こされ、絶妙のタイミングで左に開かれて、叩き込。
さすが大関落ち着いた相撲。
そして同じく大関豪栄道関とこれまた好調の遠藤関は、素早い立ち合いから左差し、連続した動きであっという間に突き落として遠藤関の勝ち。
足の怪我が回復して、絶好調の遠藤関。
三役以上で全勝は鶴竜関のみとなった。
明日の注目の取り組みは・・・
逸ノ城関-遠藤関
好調1敗どうしの対決は見ものです。
掴まえられれば逸ノ城関、焦ると遠藤関。
そして
御嶽海関-玉鷲関
これまた好調どうし、玉鷲関が落ち着いてヒットすれば、圧勝、焦ってカラダが起き上がると、また御嶽海関に叩き込まれる可能性大。
琴奨菊関-高安関
パワー相撲どうしの立ち合いが見ものです。
今日も怪我無く取組ができて安心。
明日は宝富士関戦。
頑張りましょう!
ブログランキングに参加しています。
よろしければポチッと押して下さい(^^)



にほんブログ村
花粉症の方はとても辛い季節でしょう。
花粉症対策の一番は、滅菌無菌状態から抜け出すことだそうです。
カラダの表面や体内には、目に見えない菌やウイルスが付着していることで、他の菌やウイルスと戦ってくれる作用にもなっているので、滅菌や無菌状態に慣れてしまうと、ちょっとした菌や刺激物が付着すると、大変なものが体内に入った!とカラダが勘違いしてしまうそうです。
キレイ好きはいいけれど、あまり神経質になりすぎるものもいけないということですね。
さてさて
大阪場所も4日目に入り、だんだん動きが出てきた。
結論を先にいうと、本日も鶴竜関は荒鷲関を鋭い踏込みで先手をうち、一気に押し出して
完勝!
4連勝!
注目の取り組みでは、逸ノ城関が御嶽海関に得意の形をふさがれて、初黒星。
そして大関高安関と好調玉鷲関は、大関の強いかち上げとのど輪で完全にカラダを起こされ、絶妙のタイミングで左に開かれて、叩き込。
さすが大関落ち着いた相撲。
そして同じく大関豪栄道関とこれまた好調の遠藤関は、素早い立ち合いから左差し、連続した動きであっという間に突き落として遠藤関の勝ち。
足の怪我が回復して、絶好調の遠藤関。
三役以上で全勝は鶴竜関のみとなった。
明日の注目の取り組みは・・・
逸ノ城関-遠藤関
好調1敗どうしの対決は見ものです。
掴まえられれば逸ノ城関、焦ると遠藤関。
そして
御嶽海関-玉鷲関
これまた好調どうし、玉鷲関が落ち着いてヒットすれば、圧勝、焦ってカラダが起き上がると、また御嶽海関に叩き込まれる可能性大。
琴奨菊関-高安関
パワー相撲どうしの立ち合いが見ものです。
今日も怪我無く取組ができて安心。
明日は宝富士関戦。
頑張りましょう!
ブログランキングに参加しています。
よろしければポチッと押して下さい(^^)
にほんブログ村
登録:
投稿 (Atom)




